大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成10年(ネ)553号 判決

東京都中央区〈以下省略〉

控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高坂敬三

右訴訟復代理人弁護士

岩本安昭

神戸市〈以下省略〉

被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

右訴訟代理人弁護士

田中秀雄

宮崎定邦

高橋敬

吉井正明

松山秀樹

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決二項中次項の請求を棄却した部分を取り消す。

3  控訴人は、被控訴人に対し九一〇二万九一三七円及びこれに対する平成四年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じて控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示(原判決四頁八行目から一七頁六行目まで)のとおりであるから、ここに引用する。

一  文中「原告」とあるを「被控訴人」と、「被告」とあるを「控訴人」と各訂正する。

二  一〇頁六行目「名儀」とあるを「名義」と訂正する。

三  一七頁六行目末尾に「仮に、被控訴人の落ち度を斟酌するとしても、過失相殺の割合は三割にとどめるべきである。原判決は、四割一分強の過失相殺を認めているが、三割を限度とするのが相当である(附帯控訴の理由)。」を付加する。

第三証拠

原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の請求は原判決認容の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示(原判決一七頁一〇行目から四二頁二行目まで)のとおりであるから、ここに引用する。

1  文中、「原告」とあるを「被控訴人」と、「被告」とあるを「控訴人」と各訂正する。

2  二二頁一〇行目「乙第一号証の一」の前に「甲第六七、第六八号証、」を付加する。

3  二六頁二行目「一〇億円」から四行目「何度もしたので、」までを「できれば一〇億円程度預けて欲しい、預かった金員については、平成二年末までに少なくとも年一五パーセントの利回りで運用して返すという話を何度もしたので、」と訂正する。

4  二七頁一行目から四行目「るから、」までを次のとおり訂正する。

「6 被控訴人は、Bから、証券取引を全てCに任せると、仮に、一時期一五パーセントを超える利益が発生しても、その後わざと損失が発生する取引を折り込まれることにより、年一五パーセントの利益が計上されるように帳尻が合わされるから、」

5  二七頁末行から二八頁三行目までを次のとおり訂正する。

「 また、被控訴人は、時折、自ら知り得た情報に基づいてCに買い付けの要請を行うこともあったが、Cが不適当と判断すればその判断に従うとの趣旨で行ったものに過ぎず、このことはCも認識していたものであるから、そのような場合の買い付けの実行もCの判断を介在させて行われたものにほかならない。」

6  二八頁末行「追加証拠金を差し入れさせたり、」とあるを「追加証拠金を差し入れるように要求したり、」と訂正し、二九頁六行目「利益を上げることができた」の次に「(特に、伊藤喜工作所ワラントについては、三四一一万九〇〇〇円で買い付けてわずか三日間で一二七四万七七〇八円の利益を上げることができたし、英国ハイデンカブについては、一億〇三三七万二〇〇〇円で買い付けてわずか一一日間に四四四六万二七六五円の多額の利益を上げることができた。)」を、三〇頁八行目「四列目」の次に「、一二、一三列目」を各付加する。

7  三一頁七行目「年一五パーセント程度」とあるを「少なくとも年一五パーセント」と訂正する。

8  三一頁一〇行目と末行の間に次のとおり付加する。

「 控訴人は、利回り保証約束の時期、相手方、内容が不明確である旨主張するが、右認定のとおり、Cは、平成二年三月三〇日までに、被控訴人に対し、投資した金員で株式等の取引を行い、同年末に少なくとも年一五パーセントの利回りで運用して返すとの約束をしたものであり、その約束内容にも不明確な点はないから、控訴人の右主張は理由がない(なお、右約束の場所は本件では問題とはならない。)。

次に、控訴人は、預託する一〇億円という数字や年利一五パーセントという数字の根拠がない旨主張する。しかし、本件においてCが一〇億円という数字を提案した根拠がどうであるかは結論を左右しないことが明らかであるし、平成二年一月ないし三月当時の経済情勢、銀行金利等に鑑みると、証券会社の支店営業課長であるCが年一五パーセントの利回り保証約束をしたとしても不自然とはいえない。このことは、別件で、平成三年一月に控訴人の本店営業部所属の従業員が年一五パーセントの利回り保証約束をし、同じく本店営業部長が右利回り保証約束を確認したとの事実を認定した判決(東京高等裁判所平成六年(ネ)第四〇二六号事件、甲三五[四〇]、)が最高裁判所での上告棄却の判決によって確定したこと(最高裁判所平成八年(オ)第三九〇号、第三九一号事件、甲六五)によっても裏付けられている。したがって、控訴人の右主張は理由がない。

次に、控訴人は、①被控訴人の取引につき平成二年末の時点で一五パーセントの利回りが達成されていないのに、被控訴人が控訴人に対してクレームを付けず、控訴人との取引を継続したこと、②千代田化工建設株、ローム株の買い付けはDが勧めたものであり、特に、ローム株については、右勧めた際に、被控訴人とDとの間で値下がりした場合にはDが坊主になるとのやり取りがあり、実際に値下がりをした時点で被控訴人がDに対して坊主になるようにと言ったこと、③日商岩井株は被控訴人が自らの判断で買い付けたこと、④キンセキ株や西洋フードシステム株の買い付けについても、被控訴人から助言を求められ、Cにおいて強いて挙げればこれらの株が良いのではないかと勧めたところ、被控訴人がその判断で買い付けたことを右利回り保証約束をしていない根拠として指摘する。しかし、①の点については、証拠(原審証人C、原審における被控訴人、乙三、六)によれば、被控訴人の取引につき平成二年四月以降莫大な評価損が生じていたところ、平成二年一二月一日付けで神戸支店のE支店長、被控訴人の担当者Dの転勤が決まったので、被控訴人は、控訴人との間で、右利回り保証の約束を再確認する必要があると考え、同年一一月二二日ころ、神戸雅叙園ホテルに新旧の支店長及びCを呼びつけて、右約束の履行、とりあえずは損失の補填を迫ったことが認められ、その後、前記認定のとおり、同月三〇日以降、控訴人の支店長の指示で短期に利益の上がる銘柄の買い付けが行われ、被控訴人に対して実質的には損失の補填ともいうべきものが行われたため、被控訴人において控訴人との取引を継続したものである。したがって、右の点に関する控訴人の主張は理由がない。②ないし④の点については、前記認定のとおり、Cが利回り保証を約束したが、右約束は最低年一五パーセントの利回り保証であり、被控訴人は、控訴人においてわざと損失が発生する取引を折り込み、年一五パーセントの利益に帳尻を合わせることもあり得るので、証券の売買について報告を受けた方が良いと考え、Cに対し、被控訴人のためにする注文については、事前に、注文する株式等の銘柄、数量、単価、取引の時期を連絡するように申し入れていたのであるから、Cないし同人の部下であるDにおいて、被控訴人に対し買い付ける株を事前に連絡することは何ら右利回り保証約束の存在と抵触しないし、また、被控訴人としては、利益が大きければ大きいほど良いのであるから、前記認定のとおり、自ら知り得た情報に基づいてCに買い付けの要請を行うこともあったが、Cが不適当と判断すればその判断に従うとの趣旨で行ったものに過ぎず、このことはCも認識していたものであるから、そのような場合の買い付けの実行もCの判断を介在させて行われたものにほかならないのであり、これらの株式買い付けの経緯においても右利回り保証約束の存在と矛盾するものはない。したがって、これらの点に関する控訴人の主張も理由がない。」

9  三二頁九行目「これが」から三三頁一行目までを次のとおり訂正する。

「これは個人投資家からの投資額としては非常に大きく、被控訴人は控訴人神戸支店の特別な顧客であると考えられ、このような入金の経緯については、営業担当者のみならず、その上司で右支店の営業課長である同証人自身も把握していると考えられるのに、右経緯につき関知ないし関与していないという不自然極まりない証言をしており、そのこと自体で証言の信用性を疑わせるものである(控訴人は、同証人は、個別具体的な入金の態様までは聞いていない旨証言しているに過ぎない旨主張するが、右証言は、入金の経緯については関知ないし関与していないとの趣旨であることが明らかである。)。」

10  三三頁七行目末尾に次のとおり付加する。

「控訴人は、被控訴人は、大和證券との証券取引のトラブルにより同社から支払を受けた五億二〇〇〇万円や同社との取引の解消に伴って運用先を失った資金を控訴人に順次入金したに過ぎない旨主張する。しかし、仮に、控訴人の主張のとおりであっても、前掲各証拠によれば、大和證券との取引の資金もFによる銀行からの借入れで賄っていると認められるのであるから、右結論を左右しないというべきである。したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

11  三四頁三行目と四行目の間に次のとおり付加する。

「 この点につき、控訴人は、原審証人Bの証言につき、被控訴人と原審証人Bとの間に特別の利害関係があったとしか考えられないとか、Cが同業者の営業担当者の面前で利回り保証の約束をするのは不自然であるとか、前記Cとの面談に立ち会った時期すら特定できないのは右証言の信憑性のないことを示すものであるとか、右証言のうち、主尋問に対する応答と裁判官の補充尋問に対する応答とが明らかに矛盾しているとか、右証言のとおりであれば、被控訴人は右面談の場でCに対し取引応諾の意思表示をするはずであるとか主張する。しかし、被控訴人と原審証人Bとの間に特別の利害関係があったことを窺わせる証拠はなく、かえって控訴人の同業者の営業担当者があえてこのような証言をすること自体、その証言の信憑性が高いことを示しているといえるし、右証言においては、前記Cとの面談に立ち会った時期を平成二年二月ないし三月の初めの午後五時ころと特定しているし、裁判官の補充尋問に対する応答でも、Cは、被控訴人に対し、「少なくとも、銀行金利の倍くらいの金利は、年間稼げます。」などと説明し、控訴人の「年一五パーセント以上の利回りで儲かるのだな。」という趣旨の念押しに対しても、「ええ、そうです。」と答えた旨供述しているのであり、主尋問に対する応答と裁判官の補充尋問に対する応答とは矛盾していないし、同業者の営業担当者Bの面前で利回り保証の約束をしたのも、Cは、Bが同席することを予想しておらず、その場合の対処の仕方についての準備もできていなかったところ、被控訴人からBの面前で利回り保証の約束を確認するように詰め寄られ、被控訴人に取引に応じてもらえなくなることをおそれて仕方なく、利回り保証約束を再確認したとしても不自然ではないし、被控訴人が右面談の場で直ちに取引応諾の意思表示をせず、さらに検討した上で取引に応ずることにしたとしても何ら不自然とはいえない。したがって、控訴人の右主張はいずれも理由がない。また、控訴人は、原審証人Gの証言が前記Cとの面談の時期等曖昧模糊としており、喫茶店や酒席での話としては不自然であるとか主張する。しかし、右証言においては、右面談に立ち会った時期を平成二年三月ころの午後六時ないし七時ころと特定しているし、酒席での話ではないし、喫茶店で右面談が行われたとしても不自然ではないというべきである。したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

12  三四頁一〇行目末尾に次のとおり付加する。

「控訴人は、C及びDが追加保証金を差し入れることを要求したが、被控訴人はこれを拒み続けてきたとか、伊藤喜工作所ワラントや英国ハイデンカブ等の買い付けを勧めたのは、被控訴人が大口顧客であったからであり、このような新規発行証券の紹介は従前からも行われており、この時期に始められたものではない旨主張する。しかし、前記認定のとおりC及びDが被控訴人に対して追加保証金を差し入れることを要求した事実は認められないし、この時期に短期間にこのような多額の利益を計上する銘柄の証券が割り当てられていることは、単に被控訴人が大口顧客であるというだけでは説明が付かない。したがって、控訴人の右主張はいずれも理由がない。」

13  三五頁一行目「第五号証」とあるを「第五、第六号証」と訂正する。

14  三六頁三行目から四行目「困難であり、」までを次のとおり訂正する。

「 確かに、被控訴人は、昭和六三年七月ないし八月ころには証券取引を開始し、平成二年三月当時、控訴人との取引のみならず大和証券との取引も相当多額に上っており、したがって、証券取引において常に一定の利回りを確保することが非常に困難であることを認識していたものと考えられ(原審における被控訴人)、それゆえ」

15  三六頁八行目「属さないということ」とあるを「属さないことを知らなかったこと」と訂正する。

16  三七頁二行目「されていたのか」の次に「(したがって、明認されてはいないので、書面化するのは適当ではない。)」を付加する。

17  三七頁末行から三九頁二行目までを次のとおり訂正する。

「 確かに、本件のように、顧客が新法施行(平成四年一月一日)前にされた利益保証約束を新法施行後にその履行を求めるのではなく、右約束による勧誘の下で行われた証券取引により被った損害につき不法行為に基づいてその賠償を求める場合であっても、利回り保証の約束による勧誘を行った証券会社の被用者と、右勧誘を信じて取引を行った顧客の双方の不法の程度を比較し、顧客の不法の程度がより強く、損害賠償請求を認容することが公序維持の観点から相当でないと認められるときには、民法七〇八条の類推適用によってこれを認容すべきではない。

しかし、本件においては、前記認定のとおり、控訴人の被用者であるCが何度も積極的に利回り保証約束を申し向け、被控訴人に従前よりも多額の資金を投入して証券取引を行うように勧誘したのであって、被控訴人が自ら積極的に利回り保証の約束を求めたわけではなく、右勧誘に応じて取引を行ったに過ぎないから、Cの不法の程度が極めて強いというべきであり、本件において控訴人の使用者責任を認めても、新法五〇条の三第一項や民法七〇八条の趣旨に反するものではない。したがって、控訴人の右主張は理由がない。」

18  四一頁五行目から四二頁二行目までを次のとおり訂正する。

「 前記のとおり、被控訴人は、証券取引において常に一定の利回りを確保することが非常に困難であることを認識していたものと考えられ、Cに対して利回り保証の約束を書面化するように求めた際に、そのようなことをすれば控訴人から解雇されるなどとして書面化を固辞されているのであるから、いかに控訴人が日本最大の証券会社であり、Cが控訴人神戸支店の営業課長の要職にあるとはいえ、同人の利回り保証の約束に書面化できないだけの問題があり、同人の勧誘も必ずしも額面どおりには受け取れないことを認識し得たはずである。このような事情のほか、本件に現われた諸事情を勘案すれば、過失相殺により、被控訴人の右一の損害を相当範囲で減じ、控訴人の賠償すべき部分を四億六〇〇〇万円とするのが相当である。」

二  よって、原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民訴法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 高橋文仲 裁判官 中村也寸志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例